オオクニヌシの苦難

播磨へ

出雲いずもの発展に筋道を付けたオオクニヌシは、新たな領地を求めて東へと向かうことにした。巨大化したら遠くまで行くの楽だよね、と考えた彼は、体を神力で大きくし大股で歩いていった。そして、伯耆ほうきの国、美作みまさかの国を経て、播磨はりまの国に着いた。

「おなかすいてきたな。この辺で魚でも捕ろうか」

巨人の彼は嶋村しまむらの岡をイス代わりにして座り、筌戸うえどの川にうえを置いた。筌というのは、竹を編んで筒形にした、入ったら出られないように返しが付いている漁具だ。これを水中に沈めてしばらく待つと、何かが仕掛けにかかった。

「やった、かかったぞ。ってこれ、魚じゃなくて鹿じゃん。……あ、僕は今巨大化してたんだった。それで仕掛けもデカく作りすぎちゃってたのか。てへ、僕ってばうっかり屋さん。まぁいいや、せっかく捕まえたんだし、料理して食べよっかな」

(生肉を細かく刻んで調味料で和えれば、鹿のなますの完成! 容姿端麗な上に料理までできるんだから、モテて当然だよね)

「さぁ、いただきま~す……あっ!」

でき上がった料理を口に運ぼうとしたとき、彼はうっかり手を滑らせて、全部地面に落としてしまった。

「ああ……もったいない……」

しょんぼりした彼は、食事を諦めてこの場を去ることにした。しょげた拍子に、体の大きさも元の人間サイズに戻った。

サヨツヒメ

讃容さよこおりをとぼとぼ歩いていたオオクニヌシだったが、住むのにとても良さそうな土地を見つけた。彼の顔に明るさが戻る。

「わぁ、いいとこじゃん。ここを僕の領土にしよう」

「ダメよ、ここは私のものなんだから!」

「だ、誰だ!?」

土地の所有権を訴えた声の主が木陰から姿を現すと、それはオオクニヌシの妹、タマツヒメだった。

「タマ!? なんでこんなところに?」

「お兄ちゃんこそなんで播磨に? 出雲で楽しくやってるって聞いたのに。っていうかタマって呼ぶな」

「もっと国造りを広げようと思ってね。そしたらここまで来たってわけ」

「ふぅん、お兄ちゃんも頑張ってんのね。でもここはダメ、私の土地だって言ったでしょ」

「ええ、いいじゃないか。豊かにしてあげるからさ?」

「ダメなものはダーメ。でも兄妹のよしみで、今晩だけは家に泊めてあげる」

ここはいったん引いて、明日改めて懐柔するか。そう考えたオオクニヌシは、タマツヒメに提供された屋敷で眠ることにした。
そして誰もが寝静まった頃、こっそりタマツヒメは家を抜け出した。鹿を捕らえて戻ってくると、横に寝かせて生きたまま鹿の腹を割き、流れ出したその血に稲の種をまいた。生き血を使った呪術だ。すると、一晩で苗が生えてきた。さらに彼女は、その苗を取って田植えまでし終えた。
起きてきたオオクニヌシはびっくり。寝ている間に田んぼができていたのだ。

「タマ、お前……夜に仕事をしちゃいけないのに、タブーを犯して五月の夜さつきよに植えたな~!?」

「寝ぼすけのお兄ちゃんが悪いのよ。これでもう、ここは私の土地ね! っていうかタマって呼ぶなってば」

まんまと出し抜かれたオオクニヌシは、諦めて他の所に行くしかなかった。

「今日からお前の名前は、五月夜のサヨツヒメだな」

そう言い捨てたが、もはや負け惜しみにしか聞こえなかった。
それから手当された鹿が放された山は、鹿庭山かにわやまと名付けられた。

その後の二神は明暗がくっきり分かれた。
オオクニヌシ讃容さよの里で玉、つまり宝石を玉落川たまおちがわに落としなくした。
一方タマツヒメ改めサヨツヒメは、金肆かなくらの山で金のくらを手に入れた。

飯戸いいべおかに至ったオオクニヌシは、やっとご飯を炊いて食事にありつけた。しかし不運は続く。土間ひじまの村では、彼の服がひじの上に付き、汚れてしまった。
阿和賀山あわかやまには妹のアワカヒメが住んでいたが、サヨツヒメとの一件があったばかり。オオクニヌシはそこには寄らないことにした。
そしてようやく石作いしつくりの里の伊加麻川いかまがわで、彼は土地を占有することができた。その時、川にイカがいたという。